シングリッシュとは?そのユニークな文法と語彙を徹底解説!

シンガポールを訪れたり、シンガポール人と話したりしたことがある方は、「シングリッシュ」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。シングリッシュとは、シンガポールで日常的に話されている、英語をベースにした非常にユニークな口語表現です。言語学者には「シンガポール口語英語」とも呼ばれています 。

これは単なる「訛りのある英語」や「間違った英語」ではなく、マレー語、中国語(福建語、潮州語、広東語など)、タミル語といった、シンガポールの多文化環境を構成する様々な言語の影響を受けて形成された、独自の体系を持つクレオール言語の一種と考えられています 。シンガポールには4つの公用語(英語、マレー語、標準中国語、タミル語)がありますが、シングリッシュはこれらに次ぐ「5番目の非公式言語」とも言える存在で、シンガポール人のアイデンティティとも深く結びついています 。

シングリッシュは、標準英語とは異なる文法構造や発音、語彙を持ちますが、それらは無秩序なものではなく、一定の規則性を持っています 。例えば、言葉を繰り返して特定の意味を強調する「重複表現」も、シングリッシュ独自の原則に従っています。このように、シングリッシュはシンガポールの多民族的な社会環境から自然発生的に生まれた、コミュニケーションのための合理的な手段であり、言語学的にも興味深い研究対象となっています。

 

シングリッシュの成り立ち:多様な言語の影響

シングリッシュがこれほどユニークな特徴を持つ背景には、シンガポールの歴史と言語環境が大きく関わっています。植民地時代、英語は一部のエリート層が公的な場面で用いる少数派の言語でした 。しかし、独立後、多民族国家であるシンガポールでは、異なる民族間のコミュニケーションを円滑にし、国際社会で経済的に発展していくために、英語が共通の作業言語として推進されました 。

その結果、英語を話す人々は増加しましたが、家庭では依然としてそれぞれの民族言語(中国語方言、マレー語、タミル語など)が使われ続けるという、多言語が共存する状況が生まれました 。このような環境下で、人々が日常的に交流するうちに、英語をベースとしながらも、それぞれの母語の語彙や文法、発音などが混ざり合い、シングリッシュという新しい言語表現が形作られていったのです 。これは、異なる言語が接触する中で新しい言語が生まれる「クレオール化」というプロセスの一例と言えます。シングリッシュのイントネーション、文構造、語彙には、マレー語、インド系言語(タミル語、ヒンディー語)、そしてシンガポールで話される主要な中国語方言(福建語、広東語、潮州語)の影響が色濃く見られます 。

 

シングリッシュのここが面白い!特徴的な文法

シングリッシュの文法は、標準英語とは異なる点がいくつもあり、それがシングリッシュを特徴的で面白いものにしています。ここでは、代表的な文法の特徴をいくつか見ていきましょう。

キメ台詞はこれ!文末詞「Lah」「Leh」「Lor」「Meh」「Sia」「Wat」などの使い方

シングリッシュを最も特徴づける要素の一つが、文末に付け加えられる様々な「文末詞(ぶんまつし)」です。これらは、標準英語には見られないもので、中国語の方言やマレー語など、他の言語の影響を強く受けています 。これらの文末詞は、単なる飾りではなく、話し手の感情や態度、文のニュアンスを伝える重要な役割を担っています。日本語の文末詞(ね、よ、か、ぞ など)が文意を調整するのに似ているかもしれません。

  • Lah (ラー):最もよく知られたシングリッシュの文末詞で、断定、強調、説得などのニュアンスを加えます 。

    【例文】
    “Chicken rice sounds good lah!”
    「チキンライス、いいじゃない!」

  • Leh (レー):「Lah」よりも柔らかい響きで、不確かさを示したり、発言を和らげたりする際に使われます 。

    【例文】
    “I didn’t know opening a bank account could be so simple leh.”
    「銀行口座を開くのがこんなに簡単だなんて知らなかったよぉ。」

  • Lor (ロー):諦めや、仕方がないといった受容の気持ちを表す際に使われます 。

    【例文】
    “If you say so, lor.”
    「あなたがそう言うなら、まあいいか。」

  • Meh (メー):疑念や懐疑、軽い驚きを表し、しばしば平叙文を疑問文に変える働きをします 。

    【例文】
    “You sure, meh?”
    「本当に確か、それ?」

  • Sia (シァ):不満、衝撃、疲労感、いら立ちなどを表現するために文末に付けられます 。

    【例文】
    “Aiseh, he driving a Ferrari sia.”
    「うわー、あいつフェラーリ運転してるぜ、マジかよ。」

  • Wat (ワット):疑問を投げかけるだけでなく、自分の主張を強調したり、反対意見を示したりする際にも使われます 。

    【例文】
    “This is a good bargain what, other places cannot find one.”
    「これ、お買い得でしょ、他じゃ見つからないよ。」

これらの文末詞を使いこなすことで、シングリッシュの会話はより感情豊かで、生き生きとしたものになります。

 

動詞の形はシンプルに!時制の簡略化

シングリッシュでは、標準英語ほど厳密に動詞の時制を変化させません。特に、過去形を示す「-ed」や、三人称単数現在の「-s」が省略されることがよくあります 。これは、シングリッシュに影響を与えた中国語(特に標準中国語)には、動詞の時制変化がないためと考えられています 。

例えば、「彼女は昨日ここで買い物をした」は、標準英語では “She shopped here yesterday.” となりますが、シングリッシュでは “She shop here yesterday.” のように表現されることがあります 。また、「私の姉はもう話した」は、シングリッシュで “My sister talk oledy.” (oledy は already のシングリッシュ的発音) となり、”talked” ではなく “talk” が使われます 。

時間的な情報は、動詞の形ではなく、「yesterday(昨日)」や「oledy(既に)」といった副詞や文脈から判断されることが一般的です。これは、言語が情報を伝達する上で効率性を重視する傾向の一例とも言え、特にシンガポールのようなペースの速い社会環境では、より迅速で簡潔なコミュニケーションが好まれるのかもしれません 。

 

「Is」や「Am」はどこへ?Be動詞の省略

シングリッシュのもう一つの顕著な特徴は、be動詞(is, am, are など)がしばしば省略されることです 。これも中国語やマレー語の影響で、これらの言語では標準英語ほどbe動詞を必要としない文法構造が多いためです。

形容詞の前、名詞の前、場所を示す語句の前などでbe動詞が省略されます。例えば、

  • “She (is) scared.” (彼女は怖がっている)
  • “Today, I (am) going shopping.” (今日、私は買い物に行く)
  • “Your book (is) there.” (あなたの本はそこにある)
  • “Teck (is) very rich.” (テックはとてもお金持ちだ)

これらの省略はランダムに起こるのではなく、一定の法則性があります。主に述語が形容詞である場合や、状態を示す名詞句、場所を示す場合に起こりやすいです。標準英語話者にとっては不完全に聞こえるかもしれませんが、シングリッシュの体系の中では自然な表現です。日本語でも「彼女、怖いね」のように、くだけた会話ではbe動詞にあたる「です・だ」を省略することがあるため、日本人にとっては比較的理解しやすい特徴かもしれません。

 

主語や冠詞も言わない?効率重視の表現

シングリッシュは、非常に効率的で直接的なコミュニケーションを好む傾向があり、文脈から理解できる主語や冠詞(a, an, the)が省略されることがよくあります 。これは、シングリッシュの基層言語である中国語やマレー語が、話題が明確であれば主語を省略することが多い「プロドロップ言語(pro-drop language)」であることと関連しています。

例えば、中国語の「去机场 (qù jīchǎng)」は「空港へ行く」という意味ですが、主語が省略されています。シングリッシュでも同様に、”(You) Go to airport.” のように主語なしで表現されます 。また、「それ、いらないよ」という意味の中国語「不要啦 (bú yào la)」から、シングリッシュでは “Don’t want lah.” と言ったりします 。

冠詞の省略も同様で、「自動車免許を申請してもいいですか?」は、標準英語では “May I apply for a car licence?” ですが、シングリッシュでは “May I apply for car licence?” となることがあります 。

このような省略は、標準英語の厳格な主語や冠詞の規則から離れ、話題中心的な言語のパターンに近づいていることを示唆しています。文脈への依存度が高い点は、日本語話者にとっても馴染み深く、シングリッシュの「省略」が単なる「欠落」ではなく、異なる文法・語用論的規則に基づいていることを理解する助けになるでしょう。

 

「You go where?」シングリッシュ流の疑問文

シングリッシュの疑問文の作り方も、標準英語とは異なり特徴的です。助動詞の倒置(例:Where did you go?)を用いず、平叙文の語順のまま疑問詞を最後に置いたり 、文末詞を使って疑問を表したりします。

例えば、「どこへ行ったの?」は、シングリッシュでは “You go where?” のように表現されることがあります 。これは、中国語の一部の疑問文の構造(例:你去哪里? Nǐ qù nǎlǐ? – あなた 行く どこ?)と似ています。

はい・いいえで答える疑問文は、文末詞の「meh?」(例:”You can do that meh?” – それできるの? )や、一般的なタグとしての「is it?」(例:”You coming today, Is it?” – 今日来るんでしょ? )、あるいは「can or not?」(例:”I want to go home, can or not?” – 家に帰りたいんだけど、いい? )などを使って作られます。

これらの疑問文の形式は、標準英語の複雑なタグ疑問(付加疑問)のルール(例:”You’re coming, aren’t you?”)を簡略化するもので、クレオール言語によく見られる効率的な方法です。日本人学習者にとっては、文末詞「か」で疑問を表す日本語の感覚と似ている部分もあり、また「can or not?」のような直接的な問いかけは、その意図が非常に明確で理解しやすいかもしれません。

 

これであなたもシンガポール通?シングリッシュ頻出単語集

シングリッシュをより深く理解するためには、特徴的な単語を知ることが不可欠です。これらの単語の多くは、英語、マレー語、福建語、広東語、タミル語など、シンガポールの多様な言語的背景を反映しています 。以下に、よく使われるシングリッシュの単語をいくつか紹介します。これらの単語を覚えることは、単に言葉を学ぶだけでなく、シンガポールの文化や社会、人々の感情表現に触れることにも繋がります。

 

シングリッシュ単語 主な語源 日本語の意味 【例文】 日本語訳
Can (キャン) 英語 できる、いいよ、大丈夫 “Can, I go chope now.” 「いいよ、今から席取ってくるね。」
Makan (マカン) マレー語 食べる、食事 “You makan already?” 「もうご飯食べた?」
Shiok (シォック) マレー語 最高、素晴らしい、美味しい “This burger is so juicy, so shiok!” 「このバーガー、すごくジューシーで最高!」
Kiasu (キアス) 福建語 負けず嫌い、損をしたくない(しばしばネガティブな意味で) “These aunties shoved into the crowd just for a freebie. How kiasu leh!” 「あのおばさんたち、無料の品物のために人混みをかき分けてたよ。なんてキアスなんだ!」
Ang Moh (アンモー) 福建語 西洋人、白人 “I had a meeting with an Ang mo client today.” 「今日、西洋人のお客さんと会議があったんだ。」
Paiseh (パイセー) 福建語 恥ずかしい、気まずい、申し訳ない “Oops paiseh I didn’t see the queue.” 「おっと、すみません、列に気づきませんでした。」
Jialat (ジャラッ) 福建語 ひどい、最悪な、大変な状況 “My interview yesterday was damn jialat.” 「昨日の面接、本当に最悪だったよ。」
Blur (ブラー) 英語(シングリッシュ特有の意味) ぼーっとしている、状況が読めない、混乱している “Wah lau, why you so blur?” 「うわー、なんでそんなにぼーっとしてるの?」
Chope (チョープ) 英語の”chop”またはマレー語の”cap”由来説あり (ティッシュなどで)席を取る “I chope lah.” 「席、取っとくよ。」
Alamak (アラマッ) マレー語 しまった!、あらまあ!(驚きや落胆を表す感嘆詞) “Alamak! I forgot to feed the cat!” 「しまった!猫に餌をやるの忘れた!」
Sian (シアン) 福建語・潮州語 退屈だ、うんざりだ、面倒くさい “This lecture is so sian.” 「この講義、すごく退屈だ。」
Walao eh (ワラオ エー) 福建語 うわー!、マジか!(驚きや不満を表す感嘆詞) “Walao eh, that set lunch is a good bargain what.” 「うわー、あのセットランチ、すごくお得じゃないか!」
Bo jio (ボージョー) 福建語 誘ってくれなかった(仲間外れにされた時の冗談めかした表現) “You guys bo jio me for drinks again ah?” 「また飲みに行くのに誘ってくれなかったの?」

 

おわりに

シングリッシュの魅力と、使ってみる楽しさ

シングリッシュは、単なる英語の方言ではなく、シンガポールの多文化社会を映し出す鏡であり、人々の生活に深く根ざしたコミュニケーションの手段です 。文末詞や独特の語彙、簡略化された文法は、一見すると奇妙に聞こえるかもしれませんが、そこには効率性や親密さを重んじる文化的な背景が隠されています。シングリッシュは、異なる民族的背景を持つシンガポール人同士を結びつけ、共通のアイデンティティを育む上で重要な役割を果たしてきました 。

シンガポール政府は標準英語の使用を推奨しており、メディアなど公の場ではシングリッシュの使用が控えられています 。しかし、日常会話においては依然として活発に使われており、シンガポール人の生活とは切り離せない存在です。もしシンガポールを訪れる機会があれば、シングリッシュの響きに耳を傾け、いくつかのフレーズを覚えて使ってみるのも楽しい経験になるでしょう。もちろん、TPOをわきまえ、相手に敬意を払うことは大切ですが、シングリッシュを通じて、シンガポールの文化や人々をより深く理解するきっかけになるかもしれません。

シングリッシュは、言語が文化と密接に結びつき、生き物のように変化し続けることを示す、魅力的な実例と言えるでしょう。

 

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